苦労とは人生の全てである !?

今朝は誰もが睡眠不足だっただろう。

かくいう僕もTVの前にかじりついて、ハラハラドキドキしながら

フィギュアスケートの試合を見ていた一人だ。

マリナも僕に付き合って寝不足で今朝は少しご機嫌ななめ。

先日の残念な結果から一夜明け、どんな思いで夜の過ごしたのかと思うと心が切なくなってきた。

でも、真央ちゃんは頑張った!

どん底のような失望感と絶望感があったはずなのに、そこからすごい勢いで立ち上がってきた真央ちゃんの姿に、彼女のすごい精神力を垣間見た。

試合を見終わった時、彼女も泣いてたけど、僕も感動して泣いてしまったよ。

アスリート達は、いつも絶望感や失望感、肉体の限界と戦っている。

それを苦労と思っているのか?それは絶対違う。

彼ら達に見えているのは、苦労の先に見えている感動であり、苦労を乗り越え、成し遂げた、という達成感だ。

それを支えているのは、苦労を楽しみに変えていける精神力の逞しさなんだろう。

もしかして彼ら達は日々の辛いトレーニングやコーチ達の厳しい叱咤激励、試合で負けた悔しさ、恥ずかしさ、選手生活で経験するネガティブなこと全てを糧として、無意識のうちに心のプレートをひっくり返してきたんだろう。

そうじゃなかったら、オリンピックで経験するもの凄い重圧を跳ね返す精神力は培われなかったと思う。

真央ちゃんを見ていて、苦労は不幸ではないんだと、つくづく思ったし、また苦労から逃げていては、何も手にすることはできないんだと実感した。

裏プレート

苦労とは人生の全てである。

人生は全ての点でおいて苦労の賜物。

苦労で出来ていると思って間違いない。

苦労は人を育てるというけれども、あれは嘘である。

全ての苦労は私を潰す為に用意されているようなものである。

あれも苦労、これも苦労。

考えてみたら自分の人生みんな苦労であり、山のように苦労を揃えてある。

もうこんな苦労に満ちた人生とおさらばしたい!

その苦労から逃げようと思えば思う程、また苦労がどこからか湧いてくるし、追いかけてくる。

いつまで経ってもその苦労から逃げる事はできない。

この世から苦労を消した時、どんなに私は幸せになれるか。

でもそれはあり得ない。

これからも苦労と格闘していかなければならないと思うと、つくづく気が重い。

表プレート

苦労ほど面白く楽しい物はない。

苦労を苦労と思わなければ良いだけの事なのだ。

苦労と思える中には、多くの知恵を必要とする物もあり、その苦労をどのようにさばいていく事を考えていくだけでも、心がワクワクしてくる。
結局、苦労は楽しいものなのだという事に気が付いた。

苦労から逃げようと思うのがそもそもの間違いなのだ。

大いに楽しもうとする事により、

苦労に対する見方が180度違ってくるのである。

私にはいっその事、苦労というのは無いのである。

例え苦労をどんなに追い求めて、追いかけて行っても、それが結局、楽しみに変わってしまえば、

これほど素晴らしい宝物はないという事に気づくのである。

やってみれば分かる。

楽しんでみれば分かる。

やる気になってみればわかる。

苦労に出会った時、一挙に力が溢れてきて、かえって人生を楽しくする。

これが苦労の正体である。

 

裏プレートと表プレート、両方を読み比べて

  • どちらが躍動感に満ちているか?
  • どちらが感動に満ちあふれているか?
  • どちらが運命を切り開く力を持っているか?

どちらを選ぶかは自分次第。

なぜなら、人生の決定権は全て自分が持っているからだ。

苦労を苦しみに変えるのも自分の選択だし、苦労を楽しみに変えていくのも自分の選択だから。

カルマの達人 入澤清司

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