自分で自分のことを決めるほど難しいことはない

裏:
自分ほど不可解なものはない。
自分は自分でありながら、自分を掴むということは、
まるで雲を掴むようなものに非常に酷似している。

もしも自分のことが明快にわかれば、自分の身の振り方、自分の将来、
自分の確固たる自信というものもできようというものだが…。
自分ほどあやふやで、自分ほど不確定で、自分ほど自信がない者を見たことがない。
これではどうしてよいかを常に迷うばかりである。

明確な回答がほしい。
だが欲しいけれどもよくわからない。 
誰か教えてもらえないだろうか?

でも多分私のことは誰もわかってくれる人はいないから、
もしそういう人がいたとしても、
私はきっとその人の言うようには決してならないと思う。
それは私自身が迷い続けている存在であるから、
もし誰かからアドバイスをいただいたとしても、
そこにまた迷いが生じ、自分を見失うことはわかりきっているからである。

私は私のことを知りたい、知りたいけどわからない。
いつかこの泥沼を脱出できることを請い願うばかりである。 

表:
私は私自身のことを明確に自己像として持つことができる。
自分の才能もしっかりと見極めることができ、
どこをどのように鍛えればとうなるかもよく知っている。 

私は実に明確なビジョンを自分自身に持っている。
それは日々進化を遂げ、より明確に、さらに正確に、
さらに素晴らしくなってくることを確信できている。 

今後も色々な人との話の中で色々なアドバイスも受けるであろう。 
その中で良きヒントはヒントとして、
それを自分の中でよく岨噛し、捕まえ、よく参考にし、
自分自身を最も明るくて景色がよくて素晴らしい存在に育てるために、
自己探求の旅は止むことはないのだ。

その努力は比類を見ないものである。
類まれなものである。

私は自分自身を深く愛し、そして深い愛情を有するものである。
その深い愛情の目で人々を愛の目で見、
多くの人に愛の素晴らしさ、愛情の光り輝く素晴らしさというもの、
手ごたえというものを知らしめていく存在であることを、
私自身はよく心の底から知っているのである。

自信は信念の塊である。
私は多く迷うことはない。
なぜなら一瞬の迷いのうちに明確なるビジョンを必ず掴み取る天才であるからだ。

私は自分自身の成長を大いに楽しみにしている者である。
それがいつしか自立した存在として成長していく姿を、
多くの人々にお見せすることができる日を夢見ながら日々努力している存在である。 

カルマの達人 入澤清司
末っ子マリナ。
この子は自分をよ~く分かっている。
どんな風にしたら可愛がってくれるか心得ているし、またちゃんと自己主張してくる。
こんな顔して見つめられたら、もぅメロメロです。
またもやマリナのペースにハマった僕でした。
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