痛みは多くを学ぶ糧となる

人間は年数を重ねたからと言って、大人へと成長したとは限りません。

安定を望み、困難を避け、苦労もなく、のっぺりとした平和に埋没していたら、それは体のみが成長しただけで、精神的にはどうなのか?という疑問が残ります。

人間には、通るべき道筋があります。

一見するといばらの道のように見えても、それが自分が通らなければならない道だとしたら、痛みを避けているばかりでは、かえって遠回りしてしまいます。

痛みには理由があります。

「そこには人間の成長の秘密が隠されている」

といっても過言ではないのです。

今、人間が心身ともに痛みを味わい尽くし、それをステップとして、さらに大きく成長進化しなければならない時代を私たちは、今、迎えているのです。

痛みから学ぶものは、決して平和と安定の時代では学べないものばかりです。

痛みを知ることは、人間が飛躍的に成長していくためのファーストステップなのです。

また人間の心を強固なものにしていくために避けては通れない必須科目でもあります。

物が満ち溢れ、人々は安定に酔いしれ、痛みや苦労を敵とする風潮に惑わされてきました。

人間としてのたくましさや、克服する力を存分に発揮することもなく、弱々しさを優しさと取り違え、かかる困難に対しては怖じ気づき、本来人間が持っている強さを見失っていたのではないでしょうか?

長く続く地震に心も体も疲れきって、さらに追い打ちをかけるような原発の不安定な状況に身をさらすことが、どれほど辛いことかは、容易に理解できます。

未だ、解決のめどが不透明な時ではありますが、こういうときこそ、人間のたくましさに目覚め、判断力と知恵を磨き、一発逆転できる人間の強さを信じ、粘り強くあきらめることなく、今考えられる中で最善の方法を模索して行きましょう

模索し、葛藤し、努力を惜しまない中に、最良の道が開かれるのです。

カルマの達人 入澤清司

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