料理なんて!? 「味覚を上げる心のプレート」

この写真は、境港で朝取れの魚たち
東京に帰る日、地元のスーパーでゲットした。
金目、こち、そして白いか。どれも新鮮。

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写真は撮らなかったけど、刺身とあら炊きを作ってくれた。
どれも旨かったな~。

魚をさばくのにカミさん孤軍奮闘。

美味しいものを更に美味しくと、手をかけて時間をかけてくれた。
ありがたいことだ。

美味しいものを美味しいと思えること。
これって味覚が良くなかったらできない事だし、
ちょっと大げさだけど人間の喜びの一つでもあると思う。

そこで今日は、人間の喜びの感覚の一つでもある、
味覚についての心のプレートを紹介したい。

裏プレート
料理に時間をかけたり、味をあれこれと批評するほど馬鹿げたことはない。
料理とは、要するに人間が生きていくための栄養源にすぎないのである。
それを十分にとっておけば、別に味にそうこだわる必要はないのである。
要するに、腹に入り、腹持ちが良くて、
一日がエネルギッシュに活動できるものであれば、
あれこれと問わないのが一番良いのである。

まして料理というのは、時間をかければいくらでもかけられるような馬鹿げたところがある。
これに一日中時間を費やしている人間を見ると馬鹿に思えて仕方がない。
自分はそのような愚かなことは絶対にしないように、
とにかく栄養のことさえ考えて、食事なんかパパッと間に合わせれば、
それですむことだから、丸のみして料理や味覚にさほどこだわらないのが、
人生を有効に過ごすのに最も良い方法であり、考えなのである。  
そう思えば、料理を作ってくれた人に感謝する、食事に感謝するなんてことは、
愚の骨頂であり、ばかばかしくてやってられないのだ。

表プレート
料理ほど面白い世界はないのである。
そして、料理ほど人を感動させ、うならせ、喜ばせ、
嬉しがらせるものも世にきわめて少ないと考えてよいのである。
もし自分の作った料理が非常にうまくいき、それを食べてくれる人が感動に包まれ、
大喜びしてくれたときのことを考えてみよう。
そうすると自分の心も大いに高揚し、喜びに満たされることに気がつくだろう。
これは料理の面白さと楽しさの一端である。

料理ほど、また、その人間を表現する手段もないのである。
その人の考えひとつでどのような味でも演出でき、
それが多くの人をうならせるほどの腕に上達したときに、
人生が豊かになっていることに気づくであろう。
料理というものは多くの人を集めるものである。
おいしい料理のあるところに人は集まり、また楽しい会話が弾み、
また、友情も育まれるのである。
料理に精通し、味覚をより鍛え、向上させていくことは、
人生をより楽しく生きる秘訣でもあるからだ。

カルマの達人 入澤清司

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