恩を忘れない

人間同士の交流は、通り一遍の挨拶で終わるようなものではなく、
付き合いの中にどのくらい多く自分の愛情を込めていくか、ということだ。
世話になったら感謝することはもちろんだが、
それを恩にまで感じ、相手への愛ある行動に変えていくことができるば、
最高の信頼関係も生まれてきやすくなるからだ。


裏プレート 恩を忘れて自由に生きよう!
人に世話になったら恩に感じて忘れてはならないというのは嘘である。
人が世話をするのは好きでやっており、
そこに一々恩に感じる必要は毛頭無いのである。
わが師の恩に囚われても駄目。
友達どうしの恩に囚われても駄目。
親の恩に囚われても駄目。
要するに人間は恩の押し売りというものをし、
人をがんじがらめにしようとする傾向が強い。
もし恩に思うようなことがあっても、それを深く感じて自分をがんじがらめにして、
身動きを取れないような事にしてはならない。
自分があくまで自由でいる為には、一切の恩を受け付けてはならない。
そうする事で自由人でいられ、伸び伸びと豊かに生きていけるのである。 

表プレート 恩を忘れない者は、感謝を知る者でもある。
人とは、人であるが為の素晴らしい感受性を有する者である。
人はあらゆる現象、あらゆる言動を深く記憶にとどめる傾向を持っている。
痛い目に遭い、それを嫌だと思えば、それを克服する為の知恵を編み出していく。
人から非常に親切にしてもらった事によって、自分が大いに助かったのであれば、
それを大いに喜びに感じて感謝の光に包み、心の奥深くに落とす事である。
その数が多いほど人は信頼性を帯び、信用される人物となる。
多くの事業を成功していく強者となり、人を束ねる時の力ともなるのである。

恩を知らない者を恩知らずと言い、恥知らずとも言うように、
恩を受けた事を深く心の中に留めてゆく事は、人間として最低限必要な事である。
それに関して高度に発達してきた心を持つ人なら、
恩義という分野で目覚ましい発達をしているという事を知るであろう。

人の恩を感じた時に、人はその記憶を深く刻む事が出来る。
恩を感じない薄情者であればある程、人の恩を刻み込む力は薄いのである。
人の恩を忘れるようであってはいけない。
ないがしろにするようであってはいけない。
人の恩を深く感じられたら感謝の思いに変えて忘れないことだ。

感謝の思いはやがて報恩に変わる。
報恩とは、相手の気持ちを考えながら、相手から受けた愛情の思いを、
具体的な行動に表していくことだ。
そうしていく事によって人間の厚みそのものが出てくるのである。
深い愛情というのは人を大切にするという所から生まれるものなのである。


カルマの達人    入澤清司

マレーシアでは様々な人々と友好を深めることが出来た。
短い滞在時間ではあったけれど、とても有意義な時間だった。

日本から来た僕たちを温かい心でおもてなしをしてくれた人々に心から感謝を述べたい。

ありがとうございました。

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マレーシアでは多くの素晴らしい人達とお会いしたが、
とても印象深かったのはこの方、フーさん。
明るくて、楽しくて、人懐こい。
おもてなし上手で、器のデカイ、素晴らしい人物です。
見習うところが沢山ありました。
益々マレーシアが近く感じられた僕たちでした。
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