怒りの扱い方。感情はコントロールできる

今日は怒りに関する『心のプレート』を出してみよう。

 

怒りは使い方次第では、人の心を発憤させ、成長の起爆剤として人生を向上させるきっかけにもなったりする。

その反対に、嫌い感情や憎しみ、呪いなどマイナス感情にまかせて怒りをぶちまけてしまうと、人間関係を壊わして、人生を狂わせる「諸刃の剣」のような性質を持っている。

 

このプレートの裏を読んでいくと、「ふ~ん。なるほどね、そうかもしれない」と思われる人も多いと思うが、これがちょっと違うんだな~。

裏プレートと表プレートを読んで、どちらがよいのは明白だ。

自分の心に怒りを恐れる思いがあるのなら、「表プレートにひっくりかえれ!」と思うことが大切だ。

心は不思議な力を持っていて、自分の意志で自分を変えていけるんだ。

 裏プレート 

人間は誰しも多分に怒りを秘めている動物だと思って間違いない。

感情の中で最も大きな感情はこの怒りの感情である。

だから人間関係においてはこのことを気をつけなければならない。

山のように怒りの感情が奥底に人間は秘めているものである以上、これになかなか嘘はつきにくいのである。

怒りを自由自在に噴出させていたならば、周りの人間関係はなし崩しに崩れて行くのである。

誰も怒りに満ちた人と交わろうとはしないのは当然のことである。

よって自分もこの感情を押さえ込んで人と付き合う必要がある。

人もまたそのようにしていることに気付かなければならない。

そのためには感情というものを良く押し殺して、奥のほうに込めるようにして、

表面では平らに感情というものを表現しなければならない。

それが突出した怒りの感情を表に出さないコツである。

 表プレート 

人間は怒りの感情もまた適度に必要なものなのである。

ただその怒りの感情で、周りを全て壊していくように使うのか?

あるいは、どうしてもここで一つ自分を変えなければならない。

あるいは、「相手をどうしても変えなければいけない」と思った時に、怒りの感情を使うのが最も適切だと思ったときだけ、怒りを思い切り使っても良いという範鴫に入るのである。

怒りの感情はある意味では元気の素でもあるけれども、その使い方にはよくよく気をつけて、相手を深く傷つけるような怒りの表し方は多分に毒を含むものであり、その毒に毒された人間は、毒した人間に喜んで付き合っていこうとは思わないのは至極当然のことなのだ。

しかし、だからといって全ての怒りを消して、人生を歩むべきでもないのである。

それも一つの人間の感情の表現であるし、怒りを上手く使うことによって、元気が出るような、人を元気にするような活力というものを生むこともできるのである。

それは怒りを活力に昇華させたような形で使うとき、それは可能なことなのである。

 

ここで、考えなければならないのは、「怒っちゃいけない」「怒ることは悪だ」なんて考えていると、怒りの持つ素晴らしい役割を見過ごしてしまうことだ。

自分の中から出てくるマイナス感情と怒りをごちゃ混ぜにしないように

「今この怒りは、嫌悪感から来ているのか?」
「相手を良い方向に修正するために怒っているのか?」

などと区別してみることだ。

そうしないと後から後から怒りがこみ上げてくるし、更に違うマイナス感情をあおり立て、収拾がつかなくなってくる。

 

時には、何の原因もないのに何かのきっかけで、どうしようもないほどの怒りが出てくることがある。

そんな時は、必ずといって良いほど、「自分の都合で人を怒らせた」というカルマが大量に押し寄せている。

そんな時は、カルマ変換をしてみよう。

 

先ずは「訳もなく怒りが出てくるのは、過去世できっと多くの人を怒らせたんだ」と思うこと。

次に「相当怒りを買うことをしたんだ。ごめんなさい」と深く反省すること。

こういう思いを数回繰り返してみること。

そうしたらカルマは変換されて、平静な心に戻っていくから。

是非とも実践してみて下さい。

 

それでもダメならこれで和んで下さい。

 


アラン、男だけど可愛いね。

 

ミーちゃんカメラ目線でおすまし。
だけど何で目つき怖いの?

カルマの達人 入澤清司

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