家庭はユートピアである?

今日の記事は、最近僕のところでも発生している家庭内の様々ないざこざを考えた時、「あれっ、こんな状態のことを読んだプレートがあったな」と思いだして記事にしてみた。

カルマの決算期と言われているこの時期のせいなのか?
はたまた変な気象のせいなのか?

ギクシャクとした雰囲気を感じられることが多い。

 

患者さんからの相談事にも、家庭内の問題が急増しているのは、今日ご紹介するこんな裏プレートの影響が大きくなっているのかもしれない。

裏プレート 家庭はユートピアであり、憩いの場でなければならない。

家庭ほど素晴らしいものはない!

家庭にまず望むものはユートピアである。

そして何より大切にしなければならないのは、憩いの場であるということである。

人間、疲れることは社会においてごく当然である。

そうであるならば人間はどこにユートピアを望むか?

それは家庭をおいて他にないのである。

家庭はユートピアであるのがごく当然であり、当たり前である。

それを実現できないようであれば、人間失格と思って間違いないのである。

 

家庭こそは社会の諸々の苦しみというものを、決して持ち込まない純粋な和みの場所でなければならない。

子供たちもできるだけ早く諭し、泣かないですむような家庭にしなければならない。

夫は常に笑顔でいられるような家庭でなければならない。

 

すべてが丸く収まって完全なるユートピアが家庭のあるべき姿である。

これを壊すようなことは決してあってはならないことなのだ!

もし壊すような事柄が起きた場合には、その騒動を持ち込んだ者(例え愛する夫、妻、子供、大切な舅姑、親)を徹底的に糾弾し、その根っこから断ち切るぐらいの勢いで責め立てなければならない。

なぜなら家庭には一切の不純なものがあってはならないからである。

 

表プレート 家庭は柔軟性を養う場である。

家庭には社会の縮図であり、ありとあらゆる問題が常に起こるという仕組みがある。

そうであればこの諸々の出来事に対していかに対応していくか?

ということで徹底して一貫した態度を持ち続けることも大切なのである。

ここで問われるのは人間の絶え間ない衝撃に対する高度なクッションを養うことである。

そのクッションとは一つの考えに固まらない柔軟さでもある。

そしてその基本となるのは深い愛情がベースとなっているのである。

家庭が常に静かであるということは、まず考えないほうが良いであろう。

家庭は常に何らかの問題を発生させるか、持ち込むか、そのどちらかによって、常にもまれ続けている柔軟な球体である、と考えたほうが良いのである。

言い換えれば、いかなる事柄・事象にも対応できるように、常に心の柔軟性を向上させることを怠ってはならない、ということなのだ。

そして家庭に起きるあらゆる問題を、いかに自分の心の中で消化していくか?というところで、大いなる愛情をベースにした高度な知恵を養っていかなければならないのである。

そのように常に心がけることによって、どんなことが家庭において起きようとも失望することもなく、悲しみにくれすぎることもなく、暗くなりすぎることもなく、常に明るく元気な家庭を維持していけるのである。

自らを常に磨こう!
常に向上しよう!
常に明るく照らされた道を歩もう!

そのように共に暮らす人々が心がけることで、真の柔軟性を持ち合わせた豊かな家庭となっていくのである。


この2人、いつも我が家に嵐を巻き起こしてます。


そして昨日からお泊りのベニちゃんも加わり、より一層、波乱含み。

カルマの達人 入澤清司

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