嫌いのプロセス

今日は「嫌いのプロセス」

世の中の人の多くは、『好きか嫌いか?』という判定基準を持っていると思うが、 この考え方ほど曖昧なものは無い、と僕は常々思っている。

何故か? 好き、嫌いのジャッジには、自分自身の感情によるものが多くあるからだ。

そして、この感情を司っているのはカルマである。

言い換えれば自分のマイナス感情の根源はカルマであると言うことなんだ。

 

例えば嫌いな人間がいて、顔を見ると腹が立って仕方が無い。

嫌悪感が出て仕方がない、どうしても嫌味の一つや二つ言いたくなる。

何て事は誰もが経験していることだが、これがもし、

・あなたの仕事先の相手や会社の上司
・クラスメート
・学校の先輩
・ご近所の人々
・兄弟
・両親
・義理の親(舅、姑)

だったとしたら、あなたはどうする?

 

嫌みやけんかをふっかけられる程、何でも言い合える仲なら 感情をぶつけ合ってもすぐに修復は出来るけど…。

それ以外の自分の周りにいる人たちのことを考えてみると、殆どといってそんな失礼なことは出来ない相手ばかりだ。

自分が気がついていないだけで、何かしら世話になっている人ばかりだ。

 

人を嫌いになる事って、案外他愛もない原因のことが多い。

変に意地を張っていたり、誤解をしていたり、自分の気遣いの足りなさであったり、自分の気分からどうってことない人の言葉に過剰反応したり、全て自分のマイナス感情から発している場合が多いと思うんだ。

人の言葉や態度で自分の感情が揺さぶられる、ということは、大体が相手とのカルマが出てきた時だ。

しかし多くの場合、自分を悪いと思わず、相手の態度が悪い、相手の言い方が悪い、と決めつけて、 自分を正当化してしまうから、いつまでも嫌いの連鎖は続いていってしまう。

これでは嫌悪感という迷路から抜け出せなくなってしまう。

 

嫌いというマイナス感情も当然カルマだから、やがて自分も同じような目に遭う確率が多くなってくる。

いじめの連鎖という言葉があるが、いじめたら、自分がいじめられる。

いじめられたら、やがて自分がいじめる立場になっていく。

いわば「因果応報」という、原因と結果を結ぶ連鎖が起こってくるからだ。

 

またカルマには変な癖があって、カルマが出てくると様々なマイナス感情を引き付けてしまう。

磁石を砂鉄に近づけていくと次第にくっついて離れなくなるように、『嫌い』という感情は、それだけで終わるのではなく、相手への無理解や偏見、誤解を生み、自分を正当化する手段として『あら探し』をする「覗き見根性」に発展し、それをネタとして相手に対する被害妄想もくっついてきて、何もしていない相手への攻撃性が過剰になりやすい。

相手の動向に過敏になってくるから、「やられる前に、やってしまえ、先制攻撃だ!」とばかりに、無視したり、いじめたりする傾向が強くなってくるからだ。

そうすると益々相手が嫌いになってくる。

 

嫌い感情が出てくると言うことをよく考えてみた時、そこには今嫌っている相手を過去世でとことん痛めつけていた、という 自分自身のカルマの存在に気がつかなければならないんだ。

それは相手が悪いのではなく、 自分自身の過去世に問題があるという事なんだな。

過去世で散々人から嫌われるようなことをすると、その思いはカルマとなって、自分の心の中に投げ入れられ貯蔵される。

その相手と時を超えて巡り合った時、 過去世で相手に与えた嫌悪感が、そのまま自分の心に投影されてくる

それで「嫌い」と言う感情が起こってくるからだ。

(ちなみに「人から嫌われた」というカルマが大量になると、 糖分を吸収してエネルギーに変えようとする臓器の働きが弱くなり、 いつもだるい、眠い、体が動かないなどの体の症状として表れてくる)

 

じゃぁ、嫌いという感情を克服するための方法には、なにがあるのか?

普通では、 自分が嫌いという思いを抱くことは悪だからと思い込んだり、自分は人から好かれる良い人間になりたいから、緊張してでも、顔が固まってでも、笑顔を作らなきゃならない。

どんな人にでも警戒心を解いて誰でも好きになってみようとする。

しかし自分の心を偽って、嫌い感情を押し殺しても、心の許容量は無限ではないから、いつかは許容範囲を超えて爆発してしまう。

それを一般的には「ストレスを抱えている」というが、 僕にすれば「早く心の中にある大量のカルマを全て変換して プラス意識にしてしまえ!」と言いたいね。

やった、やられたという負の連鎖を速やかに止め、 嫌い感情を好き感情に変換し、友好的な人間関係を築くためには、それこそ互いのカルマを解消するのが一番の方策だ。

そうすることで、自然体で人と接することが出来るようになってくるからだ。

嫌ったり、嫌われたりの人生は、困難に満ちた茨の道を歩んでいるようなものだ。

自分の心に潜んでいる嫌いのカルマを変換していけば見晴らしのいい広大な人生が目の前に広がっている。

それに気がつくのはあなた自身です。

 

カルマの達人 入澤清司

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