与える愛と欲しがる愛。嫉妬の行方

人を愛すると、喜びだけじゃなく苦痛も伴う。

何故なんだろう?なぜなら愛情と嫉妬は隣り合わせになっているから。

愛情が生まれれば、その後必ずといって良いほど嫉妬も生まれてくるよね。

それは「愛情のあり方」という事が深く関係してくるんだ。

愛情には、「与える愛」と「欲しがる愛」

という二つの方向性があるんだな。(選択肢とも言うけど)

どちらかにウェートをどのくらい置くかと言うことで、愛情のあり方も変わってくるんだよ。

理想的なバランスは、

与える愛が85%前後、
欲しがる愛が15%前後

であれば、人間関係はスムースに行くことになっている。

じゃあ、与える愛と欲しがる愛の内容をちょっと考えて見よう。

 与える愛 

与える愛は、互いの心に愛情を循環させようとするポジティブな愛情のあり方なんだ。

自分から進んで人を喜ばそうとするサービス精神があり、相手を尊重し、慈しみ、互いを高めようとする意欲がある。

それによって強い絆も生れ、ゆるぎない信頼感をもった関係が築かれる。

これは自分から進んで愛情を与えることから、一対一の愛情のあり方が、やがて多方向に広がりを見せ、誰もが心の奥底に持っている差別意識や排他意識などの、人を人とも思わない冷酷な感情をプラス成長させるための成長の過程なんだ。

人への尊敬心を養い、どんな人でも可愛い、大切と思える「博愛」という大きな愛情へ発展していく要になっているんだ。

もうここまで来たら、嫉妬なんてものは関係なくなってくるよね。

 欲しがる愛 

欲しがる愛は、相手の都合やタイミングや自由性は後回しにしやすい性質があり、自分が愛しているから、好きだから、相手の愛情は全部独り占め、何をしても許される、という誤解を生じやすくさせてしまっているんだな。

それが叶わなければ、「愛しているから!」という言葉のマジックで、相手を縛り、自由を与えないで拘束してしまうことが多いんだな。

人って自由を束縛されると、息苦しくなって、例え愛している人でさえ、反発してうっとうしく感じてしまう生き物なんだな。(人間ってちょっと贅沢だね。)

相手がそんな思いを抱き始めると、自分の心には不満も生まれやすく、

愛する人の思いが自分以外の所に行っているんじゃないか?
愛情が減っているんじゃないか?

という疑心暗鬼な思いも生れてきて、嫉妬に至るんだ。

これが辛いんだな。

ここから嫉妬のドロドロとした思いに苦しんでしまうんだ。

欲しがる愛にウェートがかかればかかるほど、自分を見失いやすくなり、嫉妬も更に大きくなってくるんだよ。

注意しなくちゃね~。

それでも増えすぎた嫉妬をどう処理すればいいのか、ここが問題だよね。

実は秘訣があるんだ。

嫉妬がどんなものに成長するか知った時点で、ちょうど凸レンズが光を集めるように、心が大量のエネルギーを自動的に作り、そのエネルギーを集中させて嫉妬をたちまち最終段階の姿に成長させる法則があるんだよ。

嫉妬が成長すると、万人に深い愛情を注げるような強烈な愛の光の持ち主へと成長するんだ。

「嫉妬が何になるのかという事をはっきり知る」ことで、いち早く嫉妬の苦しみから卒業できるんだ。

人間の心の中には、「自分がこうなりたい!、もっともっと成長したい!」という成長意欲を持ったとき、心には光のエネルギー(俗に言うオーラ)を大量に作るシステムがあるんだ。

誰もが経験したことがあるよね。

「よしっ、絶対成し遂げよう!、頑張ろう!」

という積極的な意欲を持ったとき、何故か心の底から元気がわいて、やる気がみなぎってくるよね。

これが心がエネルギーを作るシステムを持っている証拠なんだ。

嫉妬を持つと、

恥ずかしい
苦しい
辛い
悲しい
情けない

という思いに浸りやすいんだけど、そんな思いを持ち続けることはないんだ。

もっと自信を持って良いんだ!

なぜなら嫉妬が成長したら、人々に強烈な愛情の光を放射する、太陽のような存在になるということなんだから。

今、恋人への、友人への、家族への、同僚への嫉妬で苦しんでいたとしても、貴方は必ず、全ての人々を暖かさで包み込むような素晴らしい愛情のパワーを身につけていくことになるんだ。

苦しみの先には、きっと明るい未来が待っているから。

嫉妬に苦しむことも大切な人生の一部なんだ。

カルマの達人 入澤清司

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