人間の器を大きくする! 反省編

ちょっとご無沙汰でした。
実は17日から19日まで大分に行っていたんだ。


大分空港では大きな寿司と太刀魚がお出迎え。

エサカマサミさんと一緒の旅でした。

湯布院の名物蕎麦屋さん「泉」十割蕎麦が美味しかった。
創設者と店先でお喋りタイム。

大分は良いところだね~。

みなさん人情が厚い方ばかりだし、旨い物はある、温泉が至る所にあるし、山あり、海ありで東京から来た僕たちを包む込んでくれる大きさがある。

今回も藤本さんには大変お世話になってしまった。
(いつも、いつも大変お世話になってます。感謝です)

藤本さんは大分県中津市で米の販売業をやっている。
米の販売ばかりではなく、手広く事業を展開している。
中津市では並ぶ者はいないと言うほどの実力者だ。

ここに至るまでは、人に言えないほどの苦労があっただろうし、また人並み以上の努力があっただろうと推測する。

僕達は藤本さんを「とうちゃん」と呼ばせてもらっている。

藤本とうちゃんは、身体もでかいが、心も広い。
やる事が豪快だし、とにもかくにも肝っ玉がすわっている。
そればかりではなく楽しいことが大好きだし、人を喜ばせる事が天才的だ。
これっ!と思ったら即実行する行動力もある。

しかしその反面、人の気持ちを気遣う繊細さも持ち合わせており、こちらが「ほー!」と思う程の心憎い気配りが出来る。
(ちょっと褒めすぎかな~)

藤本さんのような人を「器の大きい人」と言うんだろう。

そんな藤本とうちゃんと接していてつくづく感じたのは「人間の器」についてだ。

人間の器の大きさを物語る時、それは人間が持つ無限の向上意欲の賜であり、現実、霊界、宇宙、全てひっくるめて自分の糧とする意志の強さでマイナスをプラスに変えていく逆転力が備わっていることだ。

常に自分を振り返り修正出来る反省力を持ち、小さな可能性さえもしっかりと具現化できる挑戦精神の固まりである。

それと共に、愛情豊かで、人の心の機微にも敏感であり、何事にも感動できる豊かな感情を有している。

器の大きさのベースになるものには何があるのか?

器を大きくしていくために大切なことは色々あるけれど、今回、特に注目したいのは反省と感動についてなんだ。

反省には、自分自身を見つめ軌道修正する心の強さと逞しさがある。
感動には、愛情豊かで何事にも共鳴共感できる心の柔軟性がある。

今日は器を大きくする反省の大切さについて考えていこうと思う。

「反省は自らを振り返る心の作業である」

自分の過失を認め、申し訳ないと謝罪することは大事なことだ。
もっと大切なことは、自分の言動の中から、自分の修正すべき箇所をどの位探せるか?ということなんだ。

人間って自分に優しい生き物だから、自分の間違いや欠点があっても「臭い物にはフタ」的な考えに陥りやすい。
悪いのは自分のせいではなく、人のせい、社会のせい。なんてね。

時に、自分の失敗を隠すため、自分の落ち度を見破られないため、自分を訂正することよりも何か違う理由や言い訳を見つけ、その言い訳に自分を納得させ、反省を遠ざけ、
自分自身を良い者と断定してしまう傾向があるからだ。

しかし、これってちょっと危険な考え方なんだ。

自分を認め、自分を大切にすることは悪いことではないんだけど、自分を良い者だと決めつけていると、自分の修正すべき点を見落として、自己正当化や被害妄想などの自分自身を貶めるカルマが出てきたとしても、その存在に気がつかず、見過ごして、いつしか自分の心を追い詰めてしまうことにもなりかねないからだ。

反省が鈍れば、自分が見えなくなってくる。
人の心の移ろいにも鈍感になってくる。

まして、自分のカルマ(マイナス感情)が出っぱなしになっていても気がつかなくなってしまうからだ。

マイナス感情(カルマ)が出てきても気がつかないままでいると、大抵は自分本位の考え方に偏りがちになる。

そうなると…
感謝を忘れる、
恩義は感じない、
反省はしない、
自己欺瞞と自己正当化に走る、
大切な人が敵に見えてくる、
自分以外は全部悪人と見間違う被害妄想に陥りやすい。

このようなカルマが出てくると器はどんどん小さくなっていく。
心の器が小さくなっていくに従って、そこに乗せるべき愛情や様々なプラス感情や知恵などもそれに見合って小さくなっていく。
器が小さくなってくるに従って、人生が生きづらくなってくる。
しかし反省で自分の言動を振り返って、自分の心の状態をまっすぐ見ることを心がけていれば、次第に自分に欠けているもの、見過ごしていたこと、見誤っていたところが見えてくるはずだ。

反省は自分の人生の行方を指し示す心の羅針盤であり、危険や異常を知らせてくれるセンサーの役目を持っている。

反省には、
状況を理解する判断力、
分析能力、
物事の真意を見極める直感力、
そして自分の心を冷静に見つめられる客観性。
これら4つは、どれをとっても自分自身を著しく向上させられる心の要素ばかりだ。

それは人間をどこまでも進化成長させる隠されたパワーの源になっている。
心の器の底辺を大きく広げていくためにも大切な要素ばかりなんだ。

反省が自分を振り返る修正機能を持っているのなら、「感動」と「器の大きさ」はどのような関係があるか?
これについては、次回のブログで書いていこうと思う。

カルマの達人 入澤清司

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