努力と辛抱は何も特別なことではない

人の気持ちは固定された概念で動いているわけではありません。

その時の気分や状況により、思考は絶えず動き続け、感情や行動に反映されてきます。

 

世界は、固定された概念だけで動いているのではなく、臨機応変で柔軟な考えから生まれてくる斬新なアイデアや、自由闊達な思考と制限のない自由な行動力や表現力で進化し続けていくのです。

 

普段、私たちが何気に使っている言葉も、自分の思考角度と状況の変化により、本来の言葉とは違った内容となり得ることもあります。

 

愛情を込めた言葉の中には、華やいだ明るさや豊かな情緒が加わり、夢や希望を語る時でも、歓喜感動に満ちた豊かな表現力で人々に勇気を与え、魅了してしまうことでしょう。

 

しかし、言葉の意味をはき違え、ゆがんだ正義感や自分の限定意識により固定化された言葉には、心を突き刺すトゲや周りを不愉快にされる毒を含みやすく、人とのコミュニケーションも上手くいかなくなっていくことでしょう。

 

このように言葉には感情や思いを映し出す、変幻自在さがあるのです。

 

例えば、努力とか辛抱という言葉には、耐え忍ぶ、不条理、我慢、辛い、苦しい、などの意味が連想されますが、これを違う思考角度から考えて見ればどうなるか?

 

「努力とは、積み重ねていく過程の面白さであり、結果をより良いものにしていくための創意工夫の楽しさである。」

「辛抱とは、熱中している間に経過していく時間のことであり、時間の経過と共に身についていく経験量である。」

というように考えられることが出来るのなら、どちらの意識も自分を有意義な存在に高めてくれる人生のエッセンスと言うことに気がつくのです。

 

言葉の意味を、自分の成長を鼓舞するものとして考えられるのなら、苦しい、辛い、悲しい、思い通りにいかないなどのマイナス状況でも、自分を知り、修正でき、希望に満ちた未来の展望を考えられる心のプラス状態を自分で作ることが可能となっていくのです。

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