人間関係で大切なこと

今回のテーマは人間関係について考えてみようと思う。

人との付き合いは、

うっとうしい
面倒くさい

あるいは

楽しい
面白い

と様々な考え方があるけれども、僕は人間関係の中にこそ、魂や人間の心が進化していくための大切なものが隠されていると常々思っているんだ。

自分が好きな人、好意を持ってくれる人、自分に都合のいい人ばかりに目を向けて、自分と意見が違う人、反感を持っている人、嫌いな人を全部遠ざけていたら、人間関係によって培われる心の成長や人生の成功のチャンスをフイにしてしまう事にもなりかねないんだ。

だからどんな人間関係でも大切なんだ。

もし険悪な人間関係に陥っていて、何を突破口として改善していくかは、まずは自分自身の姿勢や態度を客観的にみて、見直していく事が大切なことなんだ。

もちろんその中には、反省がとても大切な作業になっているけど、それと共に、いかに「サービス精神」を発揮する事ができるかが大切なんだ。

サービス精神とは、

  • いかに人を喜ばせることが出来るか?
  • いかに相手の心に寄り添い、愛情を交流させることができるか?
  • 感動という喜びを人と共有する事が出来るか?

この三つを忘れては語れない。

例えば、自分が食べて美味しいと感動したものを、

「あの人にも食べさせたい!そうしたら喜ぶだろう!」とか、

自分が嬉しかった事を、

「自分が嬉しかったから、あの人にも同じ体験をさせたい!」とか、

相手に思いを馳せ、

「こうしたら、あの人は喜んでくれるだろう」

と自分が持っている愛情を形として伝えていくことなんだ。

毎日いろんな人と会っていると、中には、好感を持てる人、気が合う人、好きになる人その反対に、何となく苦手な人、その人の顔を見ただけで嫌いになる。

なんて様々な感情が心の中にわき上がってくる。

でも誰もがそんな思いをしながら人生を生きていくんだ。

しかし、自分の感情に素直なままで、好き嫌いの感情で人を判断するなんて事は、社会人としては決して歓迎されない事なんだと思う。

前にも書いたと思うけど、

感情に素直
心が素直

同じ素直という言葉を使っているんだが、その中身は全く意味が違うんだ。

自分の心から出てくる感情を分析する事なく、全てを自分の考えのように感じてしまう事は、非常に人生を狭めてしまう事にもなるんだ。

何となく気が合わない、何となく嫌い、何となく嫌悪感が出てくる、何となく人を毛嫌いする。

何となく、何となく…。

この言葉って結構まかり通っているが、これがくせ者なんだ。

そういう言い方って、自分のマイナス感情を正当化する言い訳のように聞こえてしまう。

またその言葉をよく使っている時は、自分のマイナス感情を包み隠して、さも相手が悪いような錯覚を起こさせる。

自分が一旦、嫌いという感情にとらわれたら、確たる嫌いになる原因がなくても、相手の持っている性質の素晴らしさ、努力して成し遂げた事を評価する事なく、簡単にそれを評価して、全部見過ごすか、無視するか、無関心になるんだ。

「嫌いなんだから仕方がないでしょ!」
「嫌な人の事を考える時間なんかもったいない!」

そういう自分勝手な言い訳で、物事の真意をみようとせず、相手の良き所を見ないようにして自分を納得させて終わらせてしまうんだ。

人は誰でも嫌われる事には敏感だよね。

人に対する自分のそんな思いは隠したって隠しきれないんだ。

もしそんな事で人と諍いがおこっても、相手の思いは最初から無視しているし、自分には「嫌いだから」という正当な理由があるから相手の怒りも理解しがたく、「はい、これでお終い」と言って、その問題から離れてしまう。

これは楽でいいよね。

ただ逃げればいいんだから。

でもこの楽を積み重ねていくと、必ずどこかで大きな苦しみとなって、とんでもないところで足をすくわれることになるんだ。

好き嫌い、という感情で生きていたら、嫌いなもの、気に入らないものは総て一刀両断で切り捨ててしまう。

時には、自分を大切にしてくれる人や愛情を持って接してくれる人など、自分にとって最大の味方を敵と見誤り、牙を剥いて攻撃する。

あげくの果ては人からの信頼を失い孤立してしまう。

自分の嫌い感情に支配されてしまったら、こんな悲劇はしょっちゅう起きてしまうよ。

具体的にどのように表情や行動に表れるかというと、顔だけのことを取ってみても、嫌いという心の塊を改めることなく放置し続けると、顔の中に暗さをいっぱい作ってしまう。

そうすると人から見たときにきわめて印象が悪くなってくる。

人から見たときに、「あの人って暗くて嫌な感じよね」というような評価をされてしまう。

当人は自分の感情に素直にしているために、人への嫌悪感などは些細なことと感じているが、はたから見た自分の姿は、非常に暗さと嫌味な感じを持たれているのに気が付かないことが多いんだ。

嫌いという感情に支配されていたら、人間の3種の神器でもある「反省、感謝、愛情」は空虚に感じられ、なかなか人間性と発展的人生の向上は図れないよ

でもね誰かを喜ばそうという思いをちょっとでも待つ事が出来たなら、誰でもいいよ。

家族でも、友人でも、隣人でも、誰でも。

そんな事から人を理解しようとする思いが芽生えてくるから。

人への理解は、好き嫌いをなくしていく第一歩なんだ

少しずつ、少しずつ始めていけばいいんだから。

最初の一歩が大切なんだ。

こんがらがった人間関係の糸を、忍耐と努力と愛情とサービス精神で修復できたら、そこから生まれてくるものは、素晴らしい人生の展開であり、困難多き人生を強力にサポートしてくれる人生の宝となるのだ~。

$入澤清司のブログ

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カルマの達人 入澤清司

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