人間は楽をする為に生まれてきたのである。

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人間は楽をする為に生まれてきたのである。いかに人より楽をして多くを得るか?

という所に知恵を出し努力する。

だから素晴らしい人間が出来るのである.

 

見てみれば分かる。

楽をしてる者ほど大金持ちになり、あくせくと働いている者ほど、小金持ちである。

あるいは貧乏である。

 

いかにしたら楽が出来る、という事を考えない人間は小物で終わる。

大事な事は、いかにして楽をして多くを得るか?

これに徹する事なのである。

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楽をしたいと考えただけで人間は横着になり、手抜きが始まるものである。

そして多くの見落としが生じるのである。

その結果、必要以上の苦労を呼び寄せる事になるのである。

 

苦労も実になる苦労と、 実にならない苦労がある。

何度も同じ事を繰り返して、何度も同じ失敗をするのは、実にならない苦労である。

楽をしようと思うと、「実にならない苦労を山のように引きつける」という事を知っておかなければならない。

 

横着から生まれるものは、精神の怠惰であり、肉体の退化である。

向上心に溢れ、より素晴らしい所、より優れた物を得ようとするのであれば、自分の横着な心を許してはならない。

横着な心を許す事は、人間的な敗北を意味するのである。

 

己に勝つという事は、自分の中にある横着をねじ伏せることであり、横着に逃げる弱い自分の襟首を捕まえ、立ち向かうことである。

そうした結果、見落としも少なくなり、落ち度も減り、つまらない失敗に無駄な時間を費やすような事もなくなってくるのである。

 

成功者が楽をして成功していると見えるのは、大いなる見落としである。

成功の裏に秘められた苦労の大きさが見えなくなっている証拠である。

「より優れた物を作り出そう!」、あるいは「自分がより優れた者になろう!」

と思い努力し続け、横着と戦ってきたとき、いつの間にか人は大変身を遂げるのである。

その時、価値低き者から価値高き者に変わるのである。

その時、引きつけていくのは、素晴らしい向上意欲を持った人たちとの友好関係である。

これは紛れもなく経済の枠を広げる事になり、経済力豊かな人間になっていく基本姿勢なのである。

カルマの達人 入澤清司

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