人は生きているだけで面白い!

今日は心のプレートだ。

今日のプレートは、前回のブログでも書いた内容とリンクするけど、ここには不満と不平、そして責任放棄という内容がテーマになっている。

不幸感を身にまとい、どうしようもないほどの人生の憂いや辛さをピックアップし、自分を悲劇の主人公のように貶めていく内容がテンコ盛りになっている。
自信を喪失し、価値のない人間だと自分を断定し、充実感や幸福感とは自分には全く縁が無いなどと自己卑下をする。
自分の内側にある輝ける才能や希望溢れる可能性に目もくれず、自分を全否定してしまう。

ここにあるのは、簡単に物事を投げ出してしまう責任放棄と愛情の少なさがあり、感謝も無く、恩義も少ない。
それは自分の感情の収め方を知らない子供のような幼さがある事に気が付かなければならないんだ。

ここで心のプレートにちょっと触れてみよう。

ことごとく裏プレートはそうなんだけど、裏プレートが心の中から浮上し、そのネガティブな力につかまってしまったら、すぐに反省して「こんな自分じゃ嫌だ!」と強烈に思い、表プレートに引っくり返さない限りちょっとやそっとでは抜け出せない程のマイナスの影響力があるんだ。

それは何故か?

裏プレートが出てくると、そこに書かれている内容が自分自身の考えだと断定してネガティブな内容通りの思考と言動になってしまうからだ。

裏プレートが今出ているかどうかの判断基準は、「愛情や責任、感謝や恩義から真反対の感情が出ているか?」ということなんだ。

ということで前置きが長くなってしまったが、今日の心のプレートを紹介するよ。

 裏プレート 

生きていることは苦労と苦痛以外の何物でもない。

何も面白くないし、何も楽しいと思う事もない。

無理矢理生きているのは、単に生きなければならないという義務感のみである。

自分は生きている事自体、人に迷惑をかける事であり、何の役に立たない自分だから、さっさと消えてなくなるのが一番だろう。
自分が消える事により、世の中も相当すっきりするだろう。

「面白くない! 面白くない! 何も面白くない!」

皆よくこんな面白くない世の中を生きていられるな。
私には気がしれない。

面白くない。皆よくあんなに笑っていられるな。
簡単に笑っていられる人の気がしれない。

何も面白くない。笑ってみても面白くない。

笑う事もない。つまらない。つまらないの連続。

こんなネガティブな思いばかりだけど、
表プレートに引っくり返したら…。

 表プレート 

人は生きているだけで面白い!

人は生きているだけで面白いのであり、その面白さたるや無限大に広がっているのである。

神はそのような環境を作り、その中に人を置いた。
その環境はありとあらゆる楽しさ、ありとあらゆる知識、ありとあらゆる探求すべき物、真理の数々、美しい物、醜い物、逞しく生きる者、弱い者、ありとあらゆる物を揃えて置いた。

これは、人は飽きやすく、下手をするとすぐに生きている事に無意味を唱えたくなる所を持っているからである。

だから、できるだけ多くの疑問を解明できるような物を沢山作って置いたのである。

それを探求するだけで人は面白くなるように出来ているのである。

感じるだけで楽しい、美しい物を見るだけで楽しい・嬉しい。
可愛らしい動物を見るだけで心が華やぎ嬉しくなってくる。
そのように人は作られているのである。

それに異を唱え、それを感じようとしないのは、自分の中の暗闇から目を開けていない魂の部分があるだけの事である。

世の中が悪いのではない!
目を開けなければいけない時期が近づいているのである。

目をしっかり開ける事により、世の中はどれだけ面白いか?
この周りの環境がどれだけ素晴らしく出来ているという事を発見するに至り、大いなる喜びに浸るであろう。

嬉しい・楽しい・面白い、尽きぬ喜び、尽きぬ美しさ。
それに溢れているのがこの世界である事に気づくのである。

なんと素晴らしい事であろう!
なんと美しい事であろう!
なんと可愛らしい事であろう!
なんと逞しい事であろう!
なんとよく精進した人であろうか。
どのぐらい頑張ればこのぐらい強くなれるのであろう。

そのような感動に満ち溢れている事に
どんどん気づいていくのである。

カルマの達人 入澤清司

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