不自由さ

同じ環境にいても「自由と感じること」と「不自由と感じること」は人それぞれに違うものだ。

そんな風に考えていたら、こんな心のプレートを思い出した。

裏プレート

私の周りには、私を縛る不自由にするものが余りにも多すぎる。  

子供であったり、
男であったり、
友人であったり、
経済であったり…

全て私の自由を奪う内容をたっぷり持ったものばかりだ。
私がどれだけ自由が欲しいと思っても、その一瞬手に入れた自由も全て奪い去られる。

私に自由は無いのか?

いつも何かに縛られて生きていかなければならない。
この人生に私は飽き飽きした。

神様、私に自由をもっと下さい。

表プレート

自由は私の作り出す芸術作品である。

身の周りのある全ての事柄が、私をどこまでも自由に導いてくれる、素晴らしい礎(材料)である。

私にその材料が与えられているという事は、それをいかようにでもアレンジして、アレンジ方法は私の自由自在にして、エネルギーに溢れた自分が創造していく芸術作品のようなものである。

芸術作品という物は、一朝一夕にして生まれない所もまた事実であり、すぐ生まれないからこそ、そこに工夫し、より感じ取り、より素晴らしい物を生み出そうとする意欲に満ち溢れているからこそ、生まれてくるものなのである。

私の中には自由な発想が山のようにあり、自由を掴む工夫と知恵が無限に湧き出てくるのである。

私は自由そのものであり、自由は私の代名詞である!

それに私ほど人生を楽しんでいる者は、そうそう居ないのである。

解説

人間、不自由と思えば不自由。
自由と思えば、自由でいられる。

何かに縛られているという思いは、それを理由として不満や苛立ち愚痴となり、やがて自分を縛っていく足かせとなっていく。

わんこ達はどんな時でも自由にしている。

リードに繋がれても、最初はいやがるけど、その内、散歩する楽しさを覚えてくる。

犬って結構自由自在にしているね。

カルマの達人 入澤清司

最近の記事 おすすめ記事
  1. 2018.10.13

    過去世の記憶