ジコチューの正義感

皆さん、お盆休みはどう過ごしていた?

お盆休みを利用して、故郷に帰省したり、観光地に旅行したり、今年は大震災で夏休みを被災地でボランティアをしていたとか、みんな様々な夏休みを過ごしていたと思う。

僕は、毎年この季節は仕事をしている。

暑いけど東京にいていつもと変わらず治療をしているよ。

振り返ってみれば、あの大震災の時はもう通常の生活に戻れないんじゃないかと 不安に思ったりしたけど、人間って柔軟性というか、適応力というか、 すぐに立ち直って行こうとする回復力が備わっているんだなと、夏休み関連のニュースを耳にする度、つくづく感じたね。

人間って本当に強いし、逞しいし、勇気はあるし、愛情に支えられている存在だと改めて考えさせられたよ。

ということで唐突に話は変わるけれども、このところ「人間関係」をテーマにした記事を書いているんだけど、今回も引き続き、人間関係に支障が生じる心のプレートをあげてみたいと思う。

それは「ジコチューな正義感」とでもいえるだろう。

正義感の本質は強くて逞しく人を導くリーダーシップ的な要素を多く含んだものであるけれども、これが「自分は善人だから自分の行いは絶対正しいに決まっている」とか、「自分には絶対間違いがない」など、妙に決めてかかる思いが強いと人の意見を決して受け入れないような頑固さや意固地さが身についてしまうんだ。

「ジコチューな正義感」は押しつけがましく、それ故に人からの協賛も得られず、かえって人から疎まれてしまうこともある。

その結果、正義感は本来の意味を見失い、独善的なものに変わってしまうという傾向がある。

革命の指導者が、民衆のために革命を成し遂げて新しく建国したとしても、時を経るごとに本来の目的とはだんだん遠ざかり、独裁者となってその国の民衆を恐怖におとしめてしまう。なんてことは歴史上良く見ることだ。

世の中で独裁者と呼ばれている人たちの傾向を見ると、「ジコチューの正義感」の虜になった人も多いのでは?と思われる節がある。

 裏プレート 

「私は正義の権化である」

  • 私が考えることはすべて正解であり、私が見る物は全て私の見る通りである。人と見る内容が違った場合は相手が間違いであることは明らかである。
  • 私ほど優秀な人材はいない。私ほど頭のいい人間もいない。であるから私の考えに逆らおうとするような輩は断じて許せん。
  • 私はすべての点に関して誰よりも秀でている。私を非難する者がいたとすればそれは明らかにその者の間違いであり、 間違いは正さなければならない。
  • 間違いを正すとは、その者を厳重に処罰するか処刑するかいずれかである。 これがたとえ身内から出たとしても私に背くものは決して許さない。
  • 私は誰よりも秀でていて誰よりも正確な判断を下し誰よりも頭が良いから 私の考えることに間違いはないのである。
  • その間違いのない私に逆らったりいちゃもんをつけたり、反対を唱える者は言語道断である。わが正義の怒りの炎でその者を焼き尽くさなければならない。それがたとえ身内であっても同様である。
  • わが心に一点の曇りなく、わが考えに一点の曇りなく、わが未来に一点の曇りもないのである。わが未来に暗い影を落とす者がいるとすれば、それは私に逆らう者がいるからである。そうしないためにも、私は徹底して反対者・反逆者・誹謗中傷する者を、ふんづかまえて徹底的に痛めつけるか処刑するのみである。こうしておくと未来は何一つ曇ることなく、常に明るいのである。
  • こうした我が考えこそ正しいのである。

こんな考えの人が権力を持ったとしたら恐ろしいね。

たとえ残虐なことをしても、それが全て絶対正しいという判断の下に行っているから、人がどんなに苦痛に喘いでいても、どんなに辛い思いをしていても、自分の都合と計算高さで「知ったこっちゃねえ、そういうことをされるお前がいけないんだ!」 と自分を棚上げして、相手を責めるのは超一流。

これじゃ独裁者と言われても無理はないよ。

 表プレート 

「どんな人間も間違いを犯すことは至極当然である」

  • どんな人間も間違いを犯すことは至極当然である。それは私もそうである。
  • 私が常に百点満点の判断を下しているかといえば、事実はそうでないことは明らかである。後で間違ったことに気がついたことが何度もあるからである。 そうなれば、徹底的に自分を修正し、直しておくのが無難なことである。これをせずして未来に歩を進めれば必ず大きな過ちとなって、わが身に災いが降りかかることになるのである。
  • 自分の間違いを発見した時は、誰よりも早く反省修正することなのである。人間は山ほど修正点・改善点を持たされ、また持っているものなのである。これに多く気づく者ほど優秀なのであり、これに気付かない者こそ劣っているのである。
  • 自分の間違いに良く気づく者は、将来を明るくし、自分の間違いに全く気付かない者は、将来を暗くするのである。それが大きな役職をもらっている者ならなおさらのことである。
  • 常に判断力を磨き、先を読む感性を磨き、常に用意周到であるように心がけなければならない。なぜならば用意が不十分であると、大きな落とし穴に落ちることは間違いないからである。
  • 人は時に我が身かわいさのあまり、人を陥れて自分の立場をより良きものにしようと無理をすることがある。そのためには嘘をつくこともあり、罪なき人を陥れることもあるのである。 そういうことが起こらないように、事前に手を打たなければならない。そうするためには、まず事前に察知しなければならない。あるいは人の心を深く読んでその傾向を知り、その線上に起こるであろう事件についても先読みができなければならない。それを自由自在にこなしていくことによって、眠っている能力はどんどん開けてくるのである。
  • 叩けよさらば開かれん、というのは自らを厳しく律し、片時たりとも先を読む努力を怠らないことによって、扉は開かれていくのである。
  • 安心や安らぎを得るのは良いが、その量が多すぎてもいけない。安らぎも量が多すぎ、度を超すと、自らの判断力を鈍らせ、せっかく作りかけた才能もその成長を止めてしまうことになるからである。
  • 人を戒めるのもよいが、まず、人より先に自らを戒めよ。それは人を戒めるのを5とすると、自分を戒める量を100とするぐらいが丁度良いのである。これを逆さまにすると人からの信頼を失い、人から不信感を抱かれ、人からうっとうしがられ、嫌われることになるのである。
  • どういう未来を創るかも自分の考え一つであり、努力一つであり、どんな未来を創るにしても自分の考えと努力一つであることを肝に銘じ、日々元気いっぱい明るくふるまうことが大切である。

正義感を素晴らしく発展させ、本来の正義感の意義に立ち戻ったなら、それはオーラと魅力を身につけた人へと変わっていくことを示し、人間関係のツボを心得た友好的な人へと進化していることを示している。

さぁ、みんなはどちらが良いかな?

A ジコチューの正義感に満ちた独裁者になるか?

B 人の痛みを知って愛情と責任感に満ちた指導者になるか?

どちらもその人の選択ではあるが、カルマの達人としてはプランBをおすすめしたい。

「チャーリーズエンジェル」という映画を知っているかい?

最初の作戦がうまくいかなかったなら、必ず次の作戦も用意されていて、 次から次へと臨機応変にアタックしていくと言うシーンがある。

人生もそうでなくっちゃね。

プランAでダメだったら、プランBに切り替えて行動する。

それでもダメならプランCを。

というように臨機応変に考えて、一つのことでめげないで 次から次へとアイデアを出しながら難問をクリアしていくことが大切なんだ。

人生なんて、これで正解なんて事はないんだ。

一つの答えを出したら、更に次はもっと良い答えがある。

人間の心の進化と共に、人生は素晴らしく充実してくるんだ。

大丈夫!人間は簡単にへこたれる生き物じゃないし、一つや二つの壁があったとしても、嘆くことはないんだ。

壁をクリアしたら、それなりの実力も身につき、更に大きな壁に向かって邁進できるように人間は造られているからだ。

カルマの達人 入澤清司

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